2003 AFTERSHOWS & UNANNAUNCED APPEARANCES & TV & MORE
January 1. 2003
Album "Xpectation"
NPGMC会員向けダウンロード開始

1.Xhalation (Instrumental)
2.Xcogitate
(Instrumental)
3.Xemplify
(Instrumental)
4.Xpectation
(Instrumental)
5.Xotica
(Instrumental)
6.Xogenous
(Instrumental)
7.Xpand
(Instrumental)
8.Xosphere
(Instrumental)
9.Xpedition
(Instrumental)

January 3. 2003
NPGMC ダウンロード開始

Copenhagen(10:07) (October 25.2002)
Nagoya (8:53) (November 29. 2002)
Osaka (5:53) (November 28. 2002)
Tokyo (5:09)
(November 18. 2002)

January 4. 2003
NPGMC ダウンロード開始

Empty Room (4:01) (October 25. 2002)
January 20. 2003
"Target Center" Minneapolis
"Minnesota Timberwolves VS
Toronto Raptors"






February 6. 2003
"Paisley Park"Chanhassen
Prince "N.E.W.S"
North (Basic Tracking)
East (Basic Tracking)
West (Basic Tracking)
South (Basic Tracking)

Prince
Rhonda Smith (B)
John Blackwell (Dr)
Renato Neto (Key)
Eric Leeds (Sax)

アルバムタイトルになった『N.E.W.S』は「North」「East」「West」「South」の頭文字。プリンス(主にギターとキーボード)、レナート・ネト(ピアノとシンセ)、ロンダ・スミス(ベース)、エリック・リーズ(サックス)、ジョン・ブラックウェル(ドラム)によって録音された。
2003 年2月6日に録音されたがオーバーダビングとポストプロダクションにかなりの時間と労力がかかったのは明らかなので、アルバムが1日で完成したという意味ではない。「North」ではクレア・フィッシャーのオーケストラによるストリングスがサンプリングされている。

       
February 12. 2003
"Air Canada Centre"Canada
Orlando Magic VS Toronto Raptors



February 22. 2003
"Regent Wall St.Ballroom"New York
Prince at Armani Exchange new
store opening pre Grammy party

February 23. 2003
"Hilton Hotel"New York
"45th Annual Grammy Awards"
 
       
Toronto.Canada
Manuela Testolini (プリンスの妻)
「プリンスと私はトロントでの生活がとても楽しかったんです。本当にすべてがごく普通のことでした。家からブライドルパスを通ってサニーブルック公園まで自転車で行き、家族と会ったり、バーベキューをしたり、バドミントンをしたりしていました。レスリー・ストリートやエドワーズ・ガーデンズを彼の前を走って、みんなが二度見するのを見ていたのを覚えています。まさかプリンスだなんて誰も信じなかったと思います。だって、どうしてプリンスがあんなに気取らずに自転車で通りを走っていたんだろう?って。
地元のレストランのお気に入りはAve and Davにある「Sotto Sotto」でした。「カーテンをかけて、小さなプライベートダイニングスペースを作ってくれました。本当に小さかったんです。ある時、オーナーがやって来て、プリンスに『パープル・レイン』が大好きだと言ったんです。すると、勇気を振り絞って、プリンスの顔から45センチほどのところまで近づきながら、イタリア訛りの豪快な英語で歌い上げたんですw。」
(Toronto Star) (2021年8月29日)

March 2003
"Purple House"Chanhassen
”紫の家”なぜか取り壊し・・
March 2003
NPG Music Club.com

(0:26)
April. 2003
NPG Music Club.com




       
May 5. 2003
Los Angeles "Cinco De Mayo show"
チャリティーコンサートでエスコベドファミリーの
ジャムセッションに参加
アフロヘアー(!)


May (?). 2003
Los Angeles (?)


※「2004年にArmor Photographyがアルバム・ミュージコロジーのカバーアートを共同制作したときのコンタクト・シート」とクレジットされているが、髪型からして撮影時期はこのあたりなのでは・・・

May (?). 2003
Los Angeles (?)



2003年のツアーブックの撮影。
May 18. 2003
BBC "Liquid Assets - Prince's Millions"


Karen Krattinger (Personal Assistant) 84-89
(BBC 3) (Youtube) (3:23)
       
June 1. 2003
"メイト音楽院豊島校" 東京
The John Blackwell Drum Clinic
World Tour 2003





June 7. 2003
"Xcel Energy Cener"St,Paul
Dixie Chick Concert




June. 2003
"Paisley Park"Chanhassen
Michael Bland
「ソニー(トンプソン)と俺は去年の6月にペイズリーに行ったんだ。ジャムセッションをしたんだけど、まるで自然と意気投合したみたいだった。彼はいつでも歓迎だよって言ってくれた。みんなすごくノリノリで、まるで時間が経っていなかったみたいだった。」
(startribune.com)
June 7. 2003
Melbourne. Australia
The John Blackwell Drum Clinic
World Tour 2003





June 16. 2003
Sydney,Australia
The John Blackwell Drum Clinic
World Tour 2003





June 24. 2003
"Apollo Theater"New York
Maceo Parker




June 30. 2003
NPG Music Club.com
会員向け通販開始


(アートディレクション -Jeremy Gavin)
1.North (14:00)
2.East (14:00)
3.West (14:00)
4.South (14:00)

       
July (?) 2003
"Paisley Park"Chanhassen
John Wesley Payne
(アーティスト・プロデューサー・エンジニア)

「俺はセリーナ・ジョンソンというアーティストと一緒にライブを行っているんだ。彼女のドラマーはレス・クリーブランドという人物でジョン・ブラックウエルの直弟子なんだ。2人ともバークリー音楽大学に通っていた、つまり彼はスティックを操るあらゆる技術は全て持ったすばらしいドラマーだ。それで俺はラリーとジョン・ブラックウエルを通してプリンスに俺の名前を知ってもらうことが出来たんだ。
プリンスに初めて会ったのは、俺がラリーの息子とGPエキスプレス(グラハム・ペイン・エキスプレス)というバンドを結成した時だ。

それでカリフォルニア・ミュージック・アワーズに出演する事になった時にプリンスも呼ぶ事になったんだけど、結局彼は来れなくなったんだ。その後、アフターパーディーでラリーと演奏をしてる俺の映像を見たプリンスが「彼に会いたい。ここに来て一緒にジャムセッション出来ないか聞いてみてくれ」と言ったんだ。それからラリーから電話が掛ってきて「来週何をしてる?ペイズリーパークにセッションをしに来ないか?」と言われ「それはいいね」と答えたんだ。それで次の日、プリンスのギターテクニシャンのタクミから電話が掛ってきたんだ。彼はかつてペイズリーパークの全てを仕切っていた人で、彼はプリンスのギターテクニシャンであることに加えて、機材のセッティングなど、本来の職務範囲をはるかに超えた仕事もこなしていた。タクミは電話で「あのね、プリンスが君にこっちにプレイしに来れないか知りたがっているんだよ」って言われて行く事になった。それで彼は俺に宿泊先と航空券の手配をしてくれたんだ。
向こうに着くとプリンスとはすぐに意気投合したんだ。気が合う俺の小さな兄貴みたいだったよ。多分俺が違うレベルで臨んだから、彼は俺に好意的に反応してくれたんと思うんだ。つまり俺は彼の師匠とドラマーの推薦でそこに来たんであって、彼への崇拝という気持ちは無かったからね。


深夜便でミネアポリスに到着してホテルに行くとタクミが「ペイズリーに早めに来て機材のセッティングをしてくれないか?」って言ったんだ。彼はみんな映画の「パイレーツ・オブ・カリビアン」を見に行ったから4時に来ることになると言われたんで俺は「わかった」と答えた。それで俺はペイズリーに行き調整をしていたらロンダ、レナート、ジョンとプリンス、ラリーが一緒に部屋に入って来て、俺はステージから飛び降りてラリーを抱きしめて、プリンスとも握手をした。彼は俺の演奏を聴いて「うん、いい音だね」って言ってた。それで話してる最中にふと横を見ると美しい女性が入って来たんだ。とても魅力的な女性だった。





プリンスが「ああ、マヌエラ、彼はジョンだよ。彼女は僕の妻だよ」って言ったんだ。俺は「ああ…」って言ってしまった。だって俺はその時彼が再婚したとは知らなかったからね。彼はマイテと一緒だと思ってたから驚いたよ。「ごめんなさい。知らなかったんだ」と言いました。でもその後ジャムセッションをしたんだ。
それから彼と一時間以上話したんだ、ペイズリーパークのNPGミュージッククラブの部屋の隣にあったオフィスで。それから彼とジョン・ブラックウエルと俺の3人でスタジオBに入り、彼が制作中の曲をいくつか聴かせてくれた。俺はそこに座って彼が俺に何を意見を求めているのが分かったけど何も言わなかった。物議を醸したくないけど俺は彼の歴史を知ってたから、このバンドのほとんどのメンバーはベイエリア出身だから、ロージー、ボニー、レヴィ、ミコから話を聞いていて、自分の名前が載る事を期待しているのに載らないんだよね(笑)。それでスタジオではただ座って彼に自由にやらせていたんだよ。彼は聞かせた相手の言うことや、小さな動きから情報を得て、気づけば知らないうちにそれを録音するんだ。これは今まで誰にも公には言った事はないけど。俺たちはジャムセッションをしていたんだ。歌詞は未完成だったけど、彼と俺とロンダとレナートとジョンが参加していた。彼はいつもホーンセクションを呼ぶ前に、リズムセクションとリハーサルをしていたからね。でもその曲は凄く盛り上がったんだ。歌詞の中に「福祉制度には公平なところなんて何もない」とか、そういう内容だった。それで俺はこの短いリズムを弾き始めた。すると彼が「これはファンキーだ。ファンキーだぞ。」って言ったんだ。そして彼は「あのペダルだ」と言ったそうだ。彼は「あのペダルは絶対に手放せないでくれ。あれは最高だ」と言ったんだ。それで翌日にそれは彼のペダルボードに載っていた(笑)。
その日、彼はタクミか誰かにそのペダルを買いに行かせて、彼のペダルボードにも同じペダルが付いた。でもその曲は最終的には「Dear Mr.Man」になったんだ。
そして面白い事にリハーサル中に俺が弾いたギターパートを彼はそのまま使ってしまっていたんだ。それからさらにスティービー・ワンダーと共演した「So What The Fuss」という曲で、プリンスがリズムギターのパートを演奏してるんだけど、あれは俺が弾いていたギターパートなんだよ(笑)。
まあ、長年彼から受け継いできたものを考えると、これくらいは当然の事なんだろうな。そういう小さな話が沢山あったよ。
さっきも言ったように彼はあらゆる小さな事を吸収するんだ。]
(Musicians Reveal Podcast) (2026/04/27)










August 18. 2003
"BB King's Blues Club"LosAngeles
1.Shhh (instrumental) 10mins
2.Esst(?)/Madhouse jam
(?)
3.Slow jam
(without Prince)
4.Funk jam
(west?)
/
When The Saint Go Marchin'In (inst)




October 7. 2003

Bernadette
1932-2003

2001年に肺がんと診断されていた。

Sylvia Anderson

ヘネピン医療センターの待合室には分かれを告げに沢山の友人が訪れていた。プリンスから電話が掛って来て「病院での請求は必要ない。他に必要な事があれば全て自分に知らせて欲しい」と言うので「分かった」と答えました。

Andre Cymone
病院から帰ろうとして廊下を歩いてるとプリンスとマヌエラ、そしてラリーグラハムと彼の妻に会った。俺たちはエレベーターに乗って病室に入ると母の顔がぱっと明るくなった。おそらく母は俺とプリンスが一緒に入ってくるなんて思ってもいなかったんだろう。彼女は本当に俺達が以前のように一緒にいるのを見たかったと思う。彼女の顔があんなに明るくなったのを見たのは本当に特別な瞬間だった。


October 10. 2003
"The Tower Theatre"Los Angeles
"Musicology"Video Shoot

October (?) 2003
"Caesars Palace Hotel"Las Vegaz
Celine Dion Concert
John Meglen (ジョン・メグレン)
(2004年から2008年までプリンスと仕事をしたコンサート・ウエストの共同社長 )

「ある日、アシスタントが私のところに来て、「プリンスから電話です」と言いました。プリンスは「君がラスベガスでセリーヌ・ディオンとやっていることについて読んだんだけど、すごく面白いね」と言いました。それで私は「今週末、ラスベガスに来てみないか?」と言ったら、彼は「そうしようと思う」と言いました。
土曜日の夜、プリンスはショーの約10分前に搬入口に現れたので、そこで少し話をしてから客席の照明を落としこっそり彼を中に入れた。彼と私はそこに座ってショーを最後まで見た。ショーの間、彼は「彼女は最高だ」などと色々なことを言った。つまり、彼女の声のことだ。私は「いや、そんなことはない」と答えたが、最後には「今まで聞いた中で最も完璧な声だ」と言っていた。
それから彼をセリーヌに会わせ、二人は20〜30分ほど話をした後、彼は帰っていった。」
(Billboard.com) (2016/05/04)

ジョンとポール・ゴンガウェアは最近、セリーヌ・ディオンのラスベガスでの大規模な長期公演を企画し、大成功を収めたばかりだった。プリンスは同行を希望した。ショーの後、ジョンがプリンスを連れて行ったセリーヌの楽屋には、訪れた有名人がマジックペンでサインをする壁があり、これはオプラが始めた伝統だった。
「プリンスとセリーヌとの会合のある時点で、セリーヌが私を見て「ねえジョン、プリンスは壁にサインしてくれると思う?」と尋ねた。プリンスの返答は「申し訳ないが、僕は何もサインしないんだ」だった。だから残念ながら、彼のサインは壁には載っていない。」

セリーヌはプリンスがカムバックを果たすきっかけを作り、プリンスはジョンとポールと共にプロモーターとして活動した。しかし、プリンスがサインを拒否したのはセリーヌの壁だけではなかった。
「彼は契約書への署名を拒否したという意味での取引は成立しなかったんです。彼は過去に何度も契約書に署名して痛い目に遭ってきたので、署名したくなかっただけなんです。」
(Night Of Show) (podcast) (2023/04/24) 


Celine Dion
「彼は私に『ラスベガスで公演するのはどんな感じ?実際はどうなの?僕もやってみようかなと思っているんだけど、本当に知りたいんだ』と聞いてきたんです」」

(Extratv.com) (2016/05/22) 


       
2003 " World Tour"#1
October
17. Tamar Site・Hong Kong
-- Aftershow "The Edge"
Australia Tour

20. Melbourne
--Secret Gig "Bennett's Lane"
21. Rod Laver Arena.・Melbourne
22. Rod Laver Arena.・Melbourne

--Aftershow "The Metro"
24. Sydney Entertainmant Centre
------------------------・Sydney
25.Sydney Entertainmant Centre
--Aftershow "The Basement"-・Sydney
27. Brisbane Entertainment Centre
--Aftershow "Indie Temple"--・Brisbane



Prince
Rhonda Smith (b)
John Blackwell (dr)
Renato Neto (key)
Maceo Parker (sax)
Greg Boyer ( trombone)
Rose Ann Dimalanta (key)
Chance Howard (key)

プリンスは、2003年9月に新しいツアー「ワールド ツアー 2003/2004」の計画を発表しました。宣伝する新しいアルバムがなかったため、このツアーは主にお金が目的であると多くの人が推測した。しかし、プリンスは「お金が必要だからやっているのではない」と言い、銀行口座には必要な金額以上のお金がすでにあると付け加えた。2002 年の「ワン ナイト アローン...」ツアーとは異なり、新しいショーはプリンスの最大のヒット曲と最もよく知られている音楽に重点が置かれた。1995 年以来何度か発表されたように、これがヒット曲をライブで演奏する最後の機会となり、このツアーでプリンスはヒット曲を引退するとさえ発表された。

最初に発表されたショーは、香港ハーバーフェストの初日の夜だった。これは香港で3週間にわたって開催されたイベントで、最近SARSが流行して香港への渡航が困難になった後に観光客を誘致する目的で行われた。香港公演の発表に続いて、オーストラリアのメルボルン、シドニー、ブリスベンでの公演も発表された。当初はオーストラリア公演の直後にハワイでの2公演が予定されていたが、プリンスが体調を崩したためキャンセルとなった。代わりに、12月中旬に2つの代替公演が発表された。

プリンスが最後に演奏したのは11年前の「ダイヤモンド・アンド・パールズ」ツアーで、オーストラリアのファンは非常に熱狂的で、当初発表されたメルボルンとシドニーの単独公演はすぐに完売し、これらの都市で2回目の公演が行われた。プリンスがこれまで演奏したことのない香港では、プロモーションが不十分だったこともあり、香港公演は完売には程遠かった。
【Uptown】






October 17. 2003
World Tour 2003
"Tamar Site"Hong Kong
"Hong Kong Harbor Fest"

Soundcheck
1.Mountains
2.Peach
3.How Come U Don't Call Me Anymore?

4.Soul Man
5.Hot Pants

ツアーは、香港のアドミラルティ地区の港に近い野外会場、タマルサイトでのショーで幕を開けた。イベントのフェスティバル的な性格上、NPGMCのチケット購入者向けのサウンドチェックは行われなかった。プリンスのショーの前に、地元のスター、カレン・モクが30分間のパフォーマンスを披露したが、観客の評判は芳しくなかった。



Regularshow
1.Let's Go Crazy
2.I Would Die 4 U
3.When Doves Cry
4.1999/Baby,I'm A Star
*
5.Shhh
*
6.D.M.S.R
7.A Love Bizarre/Feel 4 U
8.Controversy
9.The Beautiful Ones
10.Nothing Compares 2 U
11.Insatiable
12.Sign Of The Times
13.The Question Of U
14.The One
15Let's Work
16.U Got The Look
17.Hot Pants/Life Of The Party
/Soul Man
( Sam & Dave)
18.Kiss
19.Take Me With U
20.The Everlasting Now
21.Purple Rain


"2KTV"xxx *



"The Edge"Hong Kong
Aftershow 50mins
1.Funky U
2.Ooo Baby,Baby
(Smoky Robinson &Miracles)
3.All The Critics Love You In New York
4.No Diggity
(Blackstreet)
Chance Howard - (Vo)

5.Unknown Song
6.Unknown Jam

アフターショーの入場料は160香港ドル。10月16日にリストに名前を載せる機会があったNPGMCメンバーは無料で入場できた。プリンスとバンドのメンバーは午前1時15分頃にステージに登場した。直接の報告がほとんどないため、セットリストは完全ではない。

October 19. 2003
プリンスはメルボルンに移動、ジャズクラブBennett's Laneをチェックした。





October. 2003
Star Tribune/Minneapolis
メルボルンでのコンサートの前、戸別訪問をする エホバの証人となった歌手は、人々に真の信仰を届けたいと考えていました。しかし「もう終わってもいいですか?」とヨム・キプールを祝う準備をしていたミネアポリス在住のユダヤ人カップルに丁重に却下された。














October 20. 2003
World Tour 2003
"Bennett's Lane"Melbourne
Secret Gig 50mins
"Shhh
"Xemplify
"When The Saints Go Marching In
"South
"Santana Medley
プリンスはジャズ クラブ ベネット レーンに深夜の演奏のために現れた。「ブラウンとチョウライ & コステロのトリオ」が予定されていた。プリンスが演奏するかもしれないと知らされていた約 300 〜 400 人のプリンス ファンが集まった。しかし結局入場できたのはわずか 20 人ほどだった。プリンスはベネット レーンの小さな部屋で演奏し100 人収容のスペースをほとんど招待客で埋め尽くした。(不完全な) 演奏リストには、「Shhh」、「Xemplify」、「When The Saints Go Marching In」、「South」、サンタナ メドレー (または「Soul Sacrifice」のみ) が含まれていた。演奏時間は約 50 分だった。
October 21. 2003
World Tour 2003
"Rod Laver Arena"Melbourne
Soundcheck 60mins
1.XemPlify
2.Ooo Baby Baby
3.Elephant & Flowers
4.Life Of The Party

5.Instrumental Jam
6.Bambi
Instrumental
7.Whole Lotta Love
8.Xpectation
9.When The Saints Go Marching In

"When The Lights Go Down In Australia"


NPGMCのチケット所持者が参加したサウンドチェックは、午後4時ごろに始まるはずだったが、午後5時近くまで始まらなかった。プリンスは1時間演奏し、200人ほどのファンが集まった。

Regularshow
1.Let's Go Crazy
2.I Would Die 4 U
3.When Doves Cry
4.1999/Baby I'm A Star
5.Shhh
6.D.M.S.R
7.A Love Bizarre/Feel 4 U
8.Controversy
9.Beautifule Ones
10.Nothing Compares 2 U
11.Insatiable
12.Sign Of The Times
13.The Question Of U
14.The One
15.Let's Work
16.U Got The Look
17.Hot Pants/Life Of The Party
18.Soul Man
( Sam & Dave)
19.Kiss
20.TakeMe With U
21.Eerlasting Now
-- Encore --
22.Purple Rain

"Melbourne 2003"








       
October 22. 2003
World Tour 2003
"Rod Laver Arena"Melbourne
TV "Today"Interview


Soundcheck 45mins
1.Superstition
2.Instrumental Jam
3.Joy In Repetition
"When The Lights Go Down In Australia"
「NPGMC サウンドチェック」はオーストラリアの Today ショーとのインタビューが行われたため、前夜よりも短くなった。サウンドチェックは約 45 分間続いた。午後 4 時 15 分に観客が入場したとき、プリンスはキーボードの前に立っていた。当初、ジョン・ブラックウェルとロンダ・スミスはステージ上にいなかった。彼らが最初に演奏した曲は、スティーヴィー・ワンダーの「Superstition」で、スライ & ザ・ファミリー・ストーンの「Sing A Simple Song」 の歌詞が組み込まれていた。その後、長いファンク ジャムが続き、「shake your money maker」や「we want the funk」などのチャントが含まれていた。最後に演奏された曲は「Joy In Repetition」だった。
Regularshow 2hours & 50mins
1.Let's Go Crazy
2.I Would Die 4 U
3.When Doves Cry
4.1999/Baby I'm A Star
5.Shhh
6.D.M.S.R
7.A Love Bizarre/Feel 4 U
8.Controversy
9.Beautifule Ones
10.Nothing Compares 2 U
11.Insatiable
12.Sign Of The Times
13.The Question Of U
14.The One
15.Let's Work
16.U Got The Look
17.Hot Pants/Life O'The Party
18.Soul Man
Chance (Vo)
19.Kiss
20.TakeMe With U
21.Eerlasting Now
--1st Encore --
22.Adore

/
On The Couch
/ Forever In My Life
23.Alphabet St.
24.All The Critics Love U In Melborne
25.Days Of Wild
--2nd Encore --
26.Purple Rain
"Melbourne Funk Invasion"

youtube (30:25)





"The Metro"Melbourne
Aftershow 60mins
1.Musicology
2.Brickhouse
3.Ohh
RAD - (Vo)
4.Peach
5.The Work part1
6.No Diggity
Chance Howard - (Vo)
7.When The Saints Go Marching In

"Metro Aftershow"
Metroというクラブでのアフターショーが電子メールのチラシで発表された。入場料は70オーストラリアドルだが、NPGMC会員は無料で入場できた。
Princeとバンドは午前2時15分にステージに登場し、約1時間演奏した。彼らは新曲「Musicology」でスタートし、これは後「Brick House」へと進化した。次は「Peach」で、「The Work」へと続いた。次は別のカバー曲、RADが歌うMary J. Bligeの「Ooh」。次はChange Howardが歌うBlackstreetの「No Diggity」だった。 「When The Saints Go Marching In」(おそらく「Xemplify」も少し含まれている)でセットは終了した。







October 24. 2003
World Tour 2003
"Entertainment Centre"Sydney
Soundcheck 50mins
1.17days
2.Instrumental Groove
Chance (Vo)
3.Beautiful Strange
4.Rainbow Children
Instrumental
"When The Lights Go Down In Australia"
メルボルンからツアーはシドニーに向かい、エンターテイメント センターで 2 回のコンサートを行った。サウンドチェックは午後 4 時半過ぎに開始され、アナウンスより 30 分近く遅れた。最初に演奏されたのは「17 days」だった。その後、チャンス ハワードが歌を披露するファンク ジャムに突入し、続いて「Rainbow Children」のインストルメンタル テイクが演奏された。50 分間のサウンドチェックは「Beautiful Strange」のフル バージョンで終了した。メルボルンと同様に、ショーの前には DJ Groove Terminator が 30 分間レコードを回し、オープニング セットを披露した。








Regularshow
1.Let's Go Crazy
2.I Would Die 4 U
3.When Doves Cry
4.1999/Baby I'm A Star
5.Shhh
6.D.M.S.R
7.A Love Bizarre/Feel 4 U
8.Controversy
9.Beautifule Ones
10.Nothing Compares 2 U
11.Insatiable
12.Sign Of The Times
13.The Question Of U
14.The One
15.Let's Work
16.U Got The Look
17.Hot Pants/Life O'The Party
18.Soul Man
Chance (Vo)
19.Kiss
20.TakeMe With U
21.Eerlasting Now
--1st Encore --
22.Adore
/ I Wanna Be Your Lover
/ Do Me Baby
/
On The Couch
/ Diamonds & Pearls
/ Forever In My Life
23.Alphabet St.
24.All The Critics Love U In Sydney

--2nd Encore --
25.Purple Rain

=Fan Release=
October 25. 2003
World Tour 2003
"Entertainment Centre"Sydney
Soundcheck
1.When The Lights Go Down
2.Thank You
3.Honky Tonk Women
4.The Ride
Instrumental
5.Love 2 The 9's
6.A Case Of You
"When The Lights Go Down In Australia"
サウンドチェックは午後 4 時 10 分に、めったに演奏されない「When The Lights Go Down」で始まった。その後、おそらく「Rainbow Children」のインストルメンタル演奏と思われる長いインストルメンタルが続いた。その後、ローリング ストーンズのカバー「Honky Tonk Woman」が続き、「The Ride」のインストルメンタル、そして「Love 2 The g's」と「A Case Of U」の演奏でセットは終了した。









Regularshow
1.Let's Go Crazy
2.I Would Die 4 U
3.When Doves Cry
4.1999/Baby I'm A Star
5.Shhh
6.D.M.S.R
7.A Love Bizarre/Feel 4 U
8.Controversy
9.Beautifule Ones
10.Nothing Compares 2 U
11.Insatiable
12.Sign Of The Times
13.The Question Of U
14.The One/Fallin'
15.Let's Work
16.U Got The Look
17.Hot Pants/Life O'The Party
18.Soul Man
19.Kiss
20.TakeMe With U
21.Eerlasting Now
-- Encore --
22.Sometimes It Snows In April
23.Adore
/ I Wanna Be Your Lover
/ Do Me Baby
/ Strange Relationship
/ Forever In My Life
/ Diamonds & Pearls
24.Alphabet St,
25.
Thank You (For Talkin' To Me Africa)
26.Jam
27.Days Of Wild
28.Prince & The Band
"Sydney Entertainment Centre"








"The Basement "Sydney
Aftershow
Part.1( 2:00〜2:40)
1.Instrumental Jam
2.Brick House
3.Skin Tight
4.777-9311
5.Purple Rain

Part.2( 3:00〜3:45)
1.Instrumental Jam
2.Pass The Peas
3.No Diggity
4.Ohh
RAD -(Vo)
5.Release Yourself
feat Larry Graham
6.Alphabet St.-feat Larry Graham
"When The Lights Go Down In Australia"
アフターショーがザ・ベースメントで開催された。プリンスとNPGはそれぞれ約数分の2セットを演奏し、間に15分の休憩があった。通常のショーと同様に、ラリー・グラハムがゲスト出演した。このショーの入場料は80オーストラリアドルだったがNPGMCクラブのメンバーは無料で入場できた。
セットは「Musicology」で始まり、すぐに「Brick House」に発展した。次は「777-9311」のファンキーな演奏。その後、プリンスはピアノの前に座り、「Purple Rain」のオープニングコードを演奏した。これはエンターテイメントセンターでの通常のセットでは省略されていた。パフォーマンスは非常に感情的でした。
2番目のセットは、いつものようにチャンス・ハワードが歌う「No Diggity」と、RADが歌うメアリー・J・ブライジの「Ooh」で始まった。メイシオ・パーカーがリードしたJBの名曲「Pass The Peas」が続いた。その後、オハイオ・プレイヤーズの「Skin Tight」とメイシオの「Shake Everything You've Got」のカバーが演奏された。「Alphabet St.」でセットリストは終了した。

October 27. 2003
World Tour 2003
"BrisbaneEntertainment Centre"Brisbane
Soundcheck
1.Girls & Boys
2.Billy Jean
Paul Black - (vo)
3.The Ballad Of Dorothy Parker
4.Ohh Baby Baby
( Smokey Robinson)
5.Pink Cashmere
6.When U Were Mine/ head
7.Party Up
8.Oye Como Va
( Santana)
9.Brick House
( Commodores)
10.Santana Medley
"When The Lights Go Down In Australia"
「Girls & Boys」で始まりまったサウンドチェックは1時間弱続き、ここでもめったに演奏されない曲がいくつか含まれていた。プリンスはマイケル・ジャクソンの「Billy Jean 」のリードラインを演奏した。NPGMCのメンバーであるポール・ブラックがそれに気づいてタイトルを叫ぶと、歌詞を知っているかと尋ねられ、彼はステージに招かれてその曲を歌った。彼はマイケル・ジャクソンのトレードマークである動きを交えた的確なパフォーマンスでバンドを笑わせた。次にプリンスはバンドを率いて「The Ballad Of Dorothy Parker」を演奏し、続いてスモーキー・ロビンソンの「Ohh Baby Baby」を演奏した。まためったに演奏されない「Pink Cashmere」に続いて「When U Were Mine」のイントロと「Head」の短いインストが演奏された。「Party Up」の長い演奏で観客は盛り上がり 「Brick House」、サンラナの「Oye Como Va」、そして「Santana Medley」でサウンドチェックは終了した。


Regularshow
1.Let's Go Crazy
2.When Doves Cry
3.I Would Die 4 U
4.1999/Baby I'm A Star
5.Shhh
6.D.M.S.R
7.I Feel 4 U
8.Controversy
9.Sign Of The Times
10.The Beautiful Ones
11.Nothing Compares 2 U
12.Insatiable
13.The Ride
14.U Got The Look
15.Let's Work
16.Kiss
17.Take Me With U
18.Eerlasting Now
--1st Encore -- ( piano medley)
19.Anna Stesia
/ Diamonds & Pearls
/ Little Red Corvette
/ Raspberry Beret
/ How Come U Don't Call Me Anymore?
/
The Most Beautiful Girl In The World
/ A Case Of U
--2 nd Encore --
20.All The Critics Love U In Brisbane
21.Alphabet St,
-With Larry Graham
22.The Jam
- With Larry Graham
23.Thank You
24.Days Of Wild
25.Purple Rain

"Brisban"
"Indie Temple"Sydney
Aftershow
1.1+1+1=3
2.Love Rollercoaster
3.Skintight
4.The Work
5.Girls & Boys
6.Everyday People
7.Peach
8.You Can Make It If You Try
9.No Diggedy
Chance Howard - (Vo)
10.I'll Take You There
RAD - (Vo)
11.I Wish
( Stevie Wonder )
12. Superstition
( Stevie Wonder )
13.I Want To Take You Higher
アフターショーを行う。入場料は 50 オーストラリア ドルだったが、NPGMC のメンバーは無料で入場できた。ラリー グラハムは、ほぼ 2 時間のライブで再びゲスト出演した。ショーは「1+1+1=3」と「Love Roller Coaster」で始まり、One Nite Alone... ツアーとほぼ同じように演奏された。次はオハイオ プレイヤーズの「Skin Tight」、続いて「The Work, Pt. 1」が演奏された。その後、短い未確認の曲が演奏され、「Girls And Boys」が演奏された。次は「We like to party」のチャントを伴う大規模なファンク ジャム。ラリー・グラハムがステージに登場し、「Everyday People」と「You Can Make It If You Try」を演奏し、続いて「Peach」と「Thank You (Falettinme Be Mice Elf Agin)」が演奏されました。その後「No Diggity」では再びチャンス・ハワードがリードボーカルを務め、その後「Prince And The Band」と思われる曲が演奏された。RADはステイプルズ・シンガーズの「I'll Take You There」を歌ったが、歌詞がうまく見つからないようだった。次はスティーヴィー・ワンダーの「| Wish」の短い抜粋で、「Superstition」に変わった。「| Want To Take You Higher」はラリー・グラハムが再びゲスト出演して演奏された。ショーはサンタナのメドレーで終了した。


       
December 14. 2003
マウイに家を持っていたプリンスは、マニュエラとハワイに行く。


2003 "World Tour"#2

ハワイ公演
December
16. Honolulu Blaisdell Arena
19. Maui Arts Center







December 15. 2003
World Tour 2003
"Blaisdell Arena"Honolulu
プリンスがハワイに戻ってきたのは、コンサートのステージからほぼ 7 年ぶりのことでした。彼は毎年マウイ島に家を持ち、そこを訪れていますが、ハワイでの最後のコンサートは 1997 年 2 月でした。
最初のハワイ公演の前日、ホノルルのブレイズデル アリーナでリハーサルが行われました。その目的は、キャンディ ダルファーに新しいアレンジメントに慣れてもらうことでした。彼女は 2002 年 11 月以来、バンドとライブで演奏していませんでした。練習した曲には「D.M.S.R.」や、ショーの後半の「Sign O' The Times」と「The Question Of U」などがありました。



Chance Howard
「2003年か2004年頃、ハワイでツアー前のギグをいくつかやっていたんだ。準備万端だった。ある日、オフがあったからマヌエラ・テストリーニがバーベキューに自宅に招待してくれた。彼はスクーターを何台か借りて、島中を走り回ろうとしていた。俺がスクーターに乗れないことを知っていたから、『さあ、チャンス!乗ってみろよ』って言われたんだ。俺は…『いやー、絶対無理!』って答えた。でも彼はまた『さあ、チャンス!』って言った。俺が大きな尻を後ろに乗せるとスクーターが地面すれすれまで沈み込んで、あの表情になったんだ。彼はあの顔で振り返って、『おい!準備はいいか?』って言った。俺は『無理だ!』って答えた。すると彼が走り出したからあわてて飛び降りたんだ。彼は振り返って『チキン野郎!』って叫んだんだ。そして俺は大声で叫び返した。「そうだよ!。帰り道にKFC買ってきてくれよ!」って言ったのさ 笑」


December 16. 2003
World Tour 2003
"Blaisdell Arena"Honolulu
Open Soundcheck
"All The Critics Love U In Honolulu
/What Is Love?
"Dance To The Music"
"We're Junst Jamming
"The Complete Hawaii Tapes 2003 Vo,2"(SAB)
ショー前のサウンドチェックは、NPGMC クラブのチケット所持者が入場する前に、午後 4 時 30 分に開始された。「Starfish And Coffee」と「How Come U Don’t Call Me Anymore」のいくつかのテイクが演奏された。他の曲には「Controversy」、「Let’s Go Crazy」、| 「Feel For You」、「Strange
Relationship」、「D.M.S.R.」。NPGMCのメンバーは午後6時に入場を許可された。サウンドチェックは「All the Critics Love U In New York」で進み、プリンスはハダウェイの1993年の同名アルバムの「What Is Love」からいくつかの歌詞を披露した。次に演奏されたのは、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの2曲「Dance To The Music」と「M'Lady」だった。キャンディ・ダルファーの「Sax-A-Go-Go」も少し演奏された。サウンドチェックが終わる前にジャムセッションに発展した。プリンスは、女の子にタンバリンをあげた以外は観客に話しかけたり、挨拶したりしなかった。



Regularshow
NPGMC Download *
1.Let's Go Crazy
2.I Would Die 4 U
3.When Doves Cry
4.1999/Baby I'm A Star
5.Shhh
6.D.M.S.R
7.A Love Bizarre/Feel 4 U
8.Controversy
*
9.Beautifule Ones
10.Nothing Compares 2 U
11.Insatiable
12.Sign Of The Times
13.The Question Of U
14.The Ride
15.Let's Work
16.U Got The Look
17.Hot Pants/Life O'The Party
18.Soul Man
19.Kiss
20.TakeMe With U
21.Eerlasting Now
-- Encore --
22.How Come U Don't Call Me Anymore?
23.Alphabet St
24.Purple Rain

"The Complete Hawaii Tapes 2003 Vo,1"(SAB)




"Volcano's Nite Club"Honolulu.Hawaii
Aftershow
1.Mama Feelgood
2.Yes We Can Can
3.1+1+1=3/I Know You Got Soul
/Life O'The Party
4.No Diggedy
Chance Howard - (Vo)
5.Ooh!
6.All The Critics Love U In Honolulu
(jam)
"The Complete Hawaii Tapes 2003 Vo,1"(SAB)
アフターショーはホノルルのボルケーノズ ナイト クラブで行われました。当初はパイプライン カフェの NPGMC ウェブサイトで発表されましたが、後にこの会場に変更されました。ショーは、通常のアフターパーティーではなく、通常のコンサートの PA でアフターショーとして発表されました。NPGMC のチケット所有者は、通常のショーで青いリストバンドを受け取り、25 ドルの入場料を支払わずにクラブに入場できました。プリンスとバンドは午前 1 時 20 分頃にステージに登場し、サウンドトラック「ブラック シーザー (1973)」に収録されている、ジェームス ブラウンが作曲し、リン コリンズが演奏した「Mama Feelgood」でカバー中心のセットを開始しました。次は「Yes We Can Can」で、1973 年のポインター シスターズのセルフタイトル デビュー アルバムのリード トラックでした。RAD は、この最初の 2 曲でリード ボーカルを歌いました。 「Ain't It Funky Now」の一部が演奏された。その後に「4414153」が演奏され、「We like to party」という掛け声も含まれていた。ジェームス・ブラウンの別の曲「I Know You Got Soul」(ボビー・バードが1967年の「Need Help」で演奏)が続き、「Life O' The Party」のインストルメンタル演奏が続いた。その後、チェンジ・ハワードが歌うブラックストリートの「No Diggity」と、RADが歌うメアリー・J・ブライジの「Ooh」が演奏され、その後「私たちはパーティーが好き」という掛け声を含む「All The Critics Love U In New York」で2時25分頃にショーは終了した。

December 19. 2003
World Tour 2003
"Maui Arts Center "Maui
Closed Soundcheck
1.Mama Feelgood
2.Musicology
Instrumental
3.Give It Up Or Turn It Loose
4.I Feel For You
5.Controversy
Instrumental
6.Slow Funk Jam/The Ride
"The Complete Hawaii Tapes 2003 Vo,2"(SAB)
Open Soundcheck
1.Head/Uptown
2.The Rainbow Children/Jean Pierre
"The Complete Hawaii Tapes 2003 Vo,2"(SAB)
サウンドチェックは観客なしで始まり、ほとんどがジャムセッションだった。プリンスは約 30 分後に到着した。その後ブルースのジャムセッションが始まり、「Mama Feelgood」、「Musicology」のインストルメンタル バージョン、「Head」のインストルメンタル テイクが続いた。「I Feel For You」に進み、ジェームス ブラウンの「Give It Up Or Turn It Loose」の一部を追加した。次に「Controversy」のインストルメンタル テイクが演奏された。プリンスはジミ・ヘンドリックスがギターで演奏したように、米国国歌を少し追加した。その後、「The Ride」のイントロが演奏され、NPGMC のチケット所有者は午後 5 時 15 分頃に入場できた。サウンドチェックは「Head」の別のインストルメンタルに続き、今度はメイシオ パーカーの「Uptown Up」の一部が演奏された。 30分間の公開サウンドチェックは、マイルス・デイビスの「Jean Pierre」の短い部分を含む、約23分に及ぶ「Rainbow Children」のインストゥルメンタル・バージョンで締めくくられた。

Regularshow

1.Let's Go Crazy
2.I Would Die 4 U
3.When Doves Cry
4.1999/Baby I'm A Star
5.Shhh
6.D.M.S.R
7.A Love Bizarre/Feel 4 U
8.Controversy
9.Beautifule Ones
10.Nothing Compares 2 U
11.Insatiable
12.Sign Of The Times
13.The Question Of U
14.The Ride
15.Let's Work
16.U Got The Look
17.Hot Pants/Life O'The Party
18.Soul Man
19.Kiss
20.TakeMe With U
21.How Come U Don't Call MeAnymore?
-- Encore --
22.Adore
23.Alphabet St
24.Purple Rain
"The Complete Hawaii Tapes 2003 Vo,2"(SAB)






"Hapa's"Maui
Aftershow
1.Mama Feelgood
2.Yes We Can Can
3.Maceo-Funk Groove
4.The Everlasting Now
(jam)
5.No Diggity
6.All The Critics Love U In Maui

"The Complete Hawaii Tapes 2003 Vo,2"(SAB)
2003 年最後のアフターショーはマウイのハパズ ナイト クラブで開催され約 400 人が参加した。入場料は 25 ドルだったがいつものように NPGMC のメンバーは無料で入場できた。NPG は午前 12 時 30 分頃に到着し、RAD がリードするジャムセッションに入った。プリンスは約 10 分後にマヌエラと一緒に到着しギターを引っ掛けて参加した。最初の 2 曲は前日と同じ「Mama Feelgood」と「Yes We Can Can」だった。その後、メイシオ パーカーのソロによる長いインストルメンタル ジャムセッションが続き、「Sout Sacrifice」のようなインストルメンタル アレンジに突入した。レナート・ネトとロンダ・スミスは 2 人ともこの間にソロを取り、グルーヴがよりファンキーな方向に変わった後、チャンス・ハワードも少しソロを弾いた。次の曲は、ブラックストリートの「No Diggety」、アフターショーで人気のカバーで、キャンディ・ダルファーがソロを披露した。地元のミュージシャン、ウィリアム・アウィヒリマ・カハイアリ(通称「アンクル・ウィリーK」)がこの後ステージに登場し、ラガ風のグルーヴに乗せてフリースタイルのラップを披露した。ある時点ではプリンスからギターを借りてソロも披露した。次に「All The Critics Love U In New York」(歌詞は「Maui」に変更)が演奏され、その後プリンスがハードロックギターのリフでリードし、クラブの門限である午前2時直前にショーを最高潮に締めくくった。

December 26. 2003
Beverly Hills, Los Angeles

Prince & Manuela


Ruth Arzate (ルース・アルザーティ)
(パーソナル・アシスタント)

「映画スタジオの仕事でユニバーサル・ピクチャーズの開発部門で働き、『グラディエーター』や『ボーン・アイデンティティー』、『ワイルド・スピード』などが製作されていた非常に活気のある時期を経験していました。そこで企業の戦略会議などに参加し、多くのことを学びました。
脚本を書き始めた頃、監督のジョナサン・デミに出会い、ニューヨークに行って書くべきだと背中を押されました。そして移住の準備をしていた2003年末、プリンスの「Musicology」ツアーのアシスタントという夏限定の仕事の話が舞い込んできました。広報担当のロニー・リッピンとの面接で、「彼は気まぐれだけど大丈夫?」と聞かれましたが、これまでもっと激しい人たちと仕事をしてきたので「問題ない」と答えました。一度は別の人が採用されましたが、その人が長続きせず数週間後に再び私に声がかかりました。 プリンスはよく「今の彼女があるのは俺のおかげだ」なんて言っていましたが(笑)、確かに彼と一緒に働いた経験は「オールアクセス・パス(万能の通行証)」のようなものです。」
(On The Couch With Audrey (podcast)
(2022/4/28)



Ruth Arzate (ルース・アルザーティ)
(パーソナル・アシスタント)

「私は教会で育ったから、世俗的な音楽は禁止されていたの。学校にメイクをしている子がいて、なんで男の子がメイクしてるのか理解できなかったんだけど、彼は熱狂的なプリンス・ファンだった。私がプリンスについて知っていた唯一のことは、彼が教会の「お祈りリスト」に載っていたこと。母が「彼は同性愛者の悪魔よ」なんて言うから、イエス様に救ってもらえるよう祈ってたの(笑)。だから、プリンスの下で働き始めた時も、4ヶ月くらいは母に言えなかったわ。」
(Questlove Supreme: Purple Roundtable)
(2018/06/21)

プリンスのアシスタントは当初は一時的な仕事のはずだったが、結局7年間も続いた。アルザーティがプリンスの陣営に加わった時、プリンスは最小限のスタッフしか残っていなかった。アルザーティは、マネージャー、広報担当、スタイリスト、イベントプランナー、ビジネスマネージャー、クリエイティブコンサルタント、そして門番の役割を担う必要があった。アルザテは、プリンスのせいで辛い時期を経験した、心の広い人物という印象を与えた。プリンスが「とんでもない奴」だったことをほのめかしたのは、彼女が初めてではない。

アルザーティが毎日こなさなければならなかった仕事は、驚くべきものだった。プリンスは午前7時に仕事を終え、午前9時からメールや電話が鳴り始め、アルザテのプライベートな時間は1日わずか2時間しか残されていなかったという。プリンスは正午に起きると、やって来て何が起こっているのか尋ねるのだが、アルザーティはそれをきちんと把握していなければならなかった。そして、たとえアルザテがその日の予定を立てていたとしても、プリンスはそれを邪魔することを楽しんでいたのだ。
「今日、ロンドンへ飛ぶよ」と彼は突然言い出し、アルザ−ティにはそれを実現させる期待が寄せられていた。「『ノー』なんて言えなかった」と彼女は当時を振り返り、「地に足の着いた人間でなければ、彼は容赦なく押し通してきた」と付け加えた。
(Laura Tiebert.com) (2018/10/21)



       
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